障がいや要介護であろうがフェアな社会のために、おしみなく時間を投資する落合陽一さんに感服するばかり

かわぞえ ゆうき 

障がいや要介護であろうがフェアな社会のために、おしみなく時間を投資する落合陽一さんに感服するばかり

どうもです!

👇昨日こんなツイートをしました。

紋切り型の近代から脱する

落合さんは著書『日本再興戦略』でも書かれていますが、日本の少子高齢社会こそチャンスだと提言されており、そのためにまず必要なのが「脱近代」だと。

要は、近代はマス(大衆)の時代であって、紋切り型の教育と消費によって、“効率よく”社会がつくられていったわけです。

そのためあらかじめ「型」にハメて、標準化し、みんなが一斉に同じやり方で生産性を高めようとしてきた。

その型は、(その時代に合わせて)都合よくカテゴリ分けさて、「区別」が「差別」になっていると。そんな過去の歴史がダイバーシティ問題、男女差別、健常者と障がい者などの問題を生み出してきました。

健常者を生み出したから障がい者は生まれ、男女が結婚するのが当たり前という前提をつくったからLGBTは生まれました。

「芸術は人生よりも長い」

上のツイート内の動画の後半でも紹介されてますけど、たとえば聴覚に障がいがある人でも楽しめる『耳で聴かない音楽会』への一連の取り組みは鳥ハダ立ちましたね。

落合さん、なにがすごいかって「メディアアーティスト」という肩書きを持つだけあって、文化に精通していること。

文化ってやつは人類の発展に必要不可欠ですし、男女とか障がいとか人種に関係なく、ボーダレスにだれでも楽しめる精神の活動なわけで。

「芸術は人生よりも長い」といいますけど、このような音楽会での文化体験って、体験した人たちの人生にひとつの大きな点を打つことになると思うんですよね。

その点が起点となってその後の人生に影響をおよぼす。

時代にあった社会構造にアップデート

で、落合さんがやろうとしているのは、時代にあった社会構造にアップデートすること。それが「脱近代」ってこと。決して過去を否定しているわけではないんですよね。

社会が成熟してくると、これまでの考え方が、いまの時代にそぐわなくなってきている。

だから意識を変えて、テクノロジーをもっと活用すれば、障がい者だからとか、介護が必要だからとか、そういった前時代的なムダな議論をしなくてもいい。

そんな時代がやってくることを切に願うとともに、自分になにができるかをあらためて問うてみたいと思います。

 

かわぞえ

僕は、ここ3年ほど仕事で障がい者の方々へのITスキル支援をやらせてもらってますし、このほど母が要介護になったからこそ、共生社会をいかにつくっていかという課題に、ビンビンとアンテナが立ち始めています。

そういった意味でも、落合陽一さんの姿勢に感服するばかりです、ホントに。

ではまた!

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